「片働き耐性」という指標を作った理由
ふたかけの画面のいちばん上には、「片働き耐性メーター」という数字が出ている。計算式はきわめて単純で、今月の支出 ÷ 基準収入(手取り)、それだけだ。
100%を超えていれば、その収入だけでは今月の暮らしはまかなえていない。70%なら、まだ30%の余裕がある。
なぜこんな指標を作ったのか、そしてなぜ貯蓄率ではだめだったのかを書いておく。
貯蓄率は「起きたこと」しか教えてくれない
家計を測る指標として一般的なのは貯蓄率だ。収入のうち何%を残せたか。
これは実績を評価する指標としては正しい。ただし、共働きの家庭で本当に不安なのは「先月いくら残ったか」ではないことが多い。不安の中身はもっと具体的で、たいていは次のような形をしている。
- どちらかが働けなくなったら、この暮らしは続くのか
- 子どもができて片方が休職したら、何を削ることになるのか
- どちらかが仕事を辞めて、次の職が決まるまでの期間を乗り切れるのか
これらはすべて「収入が片方だけになったとき、今の生活は成立するか」という問いだ。貯蓄率をどれだけ眺めても、この問いには答えられない。ふたりぶんの収入を前提にした数字だからだ。
だから分母を片方の収入に固定した
答えが欲しい問いが決まれば、指標の形は決まる。分子は今の暮らしにかかっている額、つまり今月の支出。分母は「片方の収入」。
これを割るだけで、今の生活水準が、片方の収入で何%まかなえているかが出る。95%なら、収入がその一人分だけになっても暮らし自体は続く(貯金は増えないが)。130%なら、その状態が続けば毎月30%ぶんを取り崩すことになる。
数字の意味が一行で言い切れることを重視した。家計簿の画面に出す数字は、見た瞬間に意味が分かるものでなければ結局見なくなるからだ。
「夫の収入」に固定していない
名前が「片働き耐性」なので、分母は決まった誰かの収入だと思われることがある。実際は違う。
分母に誰の収入を使うかは設定で選べるようになっていて、内部的には baseIncomeUserId という項目でどのメンバーを基準にするかを持っている。役割やラベルとは完全に切り離してある。誰が「主に稼ぐ側」かは家庭ごとに違うし、時期によっても入れ替わるからだ。
さらに「ふたり合算」モードもある。この場合は世帯全員の基準収入が分母になり、メーターは「今の暮らしは世帯の収入の何%か」を示す普通の支出率になる。片働きへの備えを見たいときと、単に収支のバランスを見たいときで、同じ画面を使い分けられる。
ひとりで使っている人にとっても、この指標はそのまま意味を持つ。「自分の手取りの何%で暮らせているか」は、世帯人数に関係なく成立する問いだからだ。名前だけが少し大げさに聞こえるかもしれないが、測っているものは変わらない。
分母を「設定値」ではなく「実績」にした
ここが実装でいちばん手間のかかったところだ。
最初の版では、分母は設定画面に手で入力した固定値だった。「手取り30万円」と入れておけば、それで割り続ける。単純で、実装も楽だった。
これをやめて、その月に実際に記録された基準収入の合計を分母に使うようにした。理由は、固定値だとボーナス月や残業の多かった月に数字が嘘になるからだ。手取りが35万円あった月に30万円で割れば、実態より苦しく見える。逆も起きる。
ただし実績を使うと、月初に問題が起きる。給料日が来るまで、その月の基準収入はゼロなのだ。ゼロで割ることはできない。
そこで段階的なフォールバックを組んだ。当月の実績があればそれを使う。まだ無ければ前月の実績を使う。それも無ければ設定値を使う。どれも無ければメーターは「未設定」と表示して、無理に数字を出さない。
そして当月の実績がまだ無い状態で表示している間は「暫定」と明示する。これは意図的な設計で、根拠が違う数字を同じ顔で出さないためだ。家計簿が信用されるかどうかは、数字が合っているかよりも「この数字が何に基づいているかを隠さないか」で決まると考えている。
「増えた」を「無駄」と言い換えない
指標を作るときに決めたことがもうひとつある。この数字が悪化したことを、責める材料にしない。
支出が増える理由はいくらでもある。家族が増えた、引っ越した、去年より寒かった、必要な家電が壊れた。片働き耐性が90%から110%になったという事実は、何かが無駄だったことを意味しない。事実として増えた、それだけだ。
家計簿アプリは油断すると説教の道具になる。これは作っている側への自戒で、使った本人がいちばん分かっていることを、赤字で表示して追い打ちをかけたくはない。そういう作りにはしたくなかったので、メーターは数字と色を出すところまでで止め、原因の断定はしないようにしてある。
何が起きたかを見せるのはアプリの仕事で、それをどう受け取るかは使う人の仕事だ、という線引きにしている。
単純な式のほうが長く使える
この指標のいいところは、計算式が割り算ひとつしかないことだと思っている。
複雑な指標は、作った本人しか意味を説明できない。数か月後に見返したとき「これは何%なら良いのだったか」を思い出せない。支出 ÷ 手取りなら、100%を超えたかどうかだけ見ればいいし、その意味は説明されなくても分かる。
家計簿は続かなければ意味がないので、指標も「見た瞬間に分かる」ことを最優先にした。